
X JAPANのYOSHIKIさんがプロデュースする8人組グループ・XYのメンバーであるP→★さん、KOSEIさん、MITCHYさんの3人が、2026年7月1日をもってグループを卒業することが発表されました。この知らせは6月4日に公式サイトを通じて公表されました。
卒業日は同日開催の『XY – UNTITLED -』公演が最後の活動となり、新たな可能性への節目として位置づけられています。
また、ファンからは突然の発表に驚きや運営や、YOSHIKIプロデュース体制への懸念の声が相次ぎ、大きな反響を呼んでいます。
XY、メンバー3人の卒業を発表 7月1日の公演を最後に活動終了へ
XY公式サイトの発表
XY公式サイトでは、「この度、2026年7月1日(水)をもちまして、P→★、KOSEI、MITCHYがグループを卒業する運びとなりました」と報告。
さらに、3人は同日に開催されるライブイベント『XY – UNTITLED -』に出演し、その公演をもってグループでの活動を終了することも明らかにされました。
最後のステージまで感謝を胸に活動
運営は発表の中で、これまで支えてきたファンや関係者への感謝の気持ちを伝えています。
コメントでは、「これまで応援してくださったファンの皆さま、関係者の皆さまへの感謝を胸に、最後のステージまで誠意をもって活動してまいります。何卒ご理解を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」とつづられており、卒業を迎える3人が最後まで全力で活動に取り組む姿勢を示しました。
7月1日に開催される『XY – UNTITLED -』は、3人にとってグループでのラストステージとなるだけでなく、ファンにとっても特別な意味を持つ公演となりそうです。
オーディション番組から誕生したXY
XYは、2022年に放送されたYOSHIKIさんプロデュースのオーディション番組『YOSHIKI SUPERSTAR PROJECT X』から誕生したグループです。音楽界で長年活躍するYOSHIKIさんが自らプロデュースを手掛けたことでも大きな注目を集めました。
グループは2023年6月30日、YOSHIKIさんがプロデュースしたデビュー曲「CRAZY LOVE」で13人組としてメジャーデビュー。
その後はメンバーの加入や卒業などを経験しながら活動を続け、現在はHAYATOさん、JAYさん、KANJIさん、KICEさん、P→★さん、RAIAさん、KOSEIさん、MITCHYさんの8人体制で活動していました。
ファンからは卒業を惜しむ声が寄せられる一方で、新たな道へ進む3人へのエールも広がっています。7月1日の公演では、これまでの感謝と思い出を胸に、メンバーとファンが特別な時間を共有することになりそうです。
YOSHIKIプロデュースが無責任だという批判
YOSHIKIプロデュースなのに1曲だけ?という疑問
XYについて語られる際、ファンの間でたびたび話題になるのが「なぜYOSHIKIはデビュー曲しか作っていないのか」という点です。
「YOSHIKIプロデュースを掲げていたのに、その後の関与が見えない」「もっと楽曲提供してほしかった」と感じる人は少なくありません。
さらに近年はメンバーの脱退や体制変更が続いたことで、「プロデュースが中途半端だったのではないか」「途中で手を離したように見える」といった厳しい意見も聞かれるようになりました。
しかし、XYというグループの成り立ちを振り返ると、実は現在の状況は当初の構想から大きく外れているわけではない可能性があります。
XYはテレビ企画から生まれたグループだった
まず押さえておきたいのは、XYが通常の芸能事務所発のボーイズグループではないという点です。
XYは日本テレビとYOSHIKIによる共同プロジェクト「YOSHIKI SUPERSTAR PROJECT X」から誕生しました。
オーディション番組としてスタートし、視聴者は候補者たちの努力や葛藤、成長の過程を見守りながらデビューまでの道のりを追いかける形でした。
こうしたオーディション番組では、デビューまでのストーリーそのものが最大のコンテンツになります。そして、その物語のクライマックスを飾るのがデビュー曲です。
そのため、番組全体の成功を考えると、最初の1曲に最も大きな力を注ぐのは自然な流れだったと言えるでしょう。
デビュー曲「Crazy Love」が持っていた特別な役割
YOSHIKIさんが手掛けたデビュー曲「Crazy Love」は、単なるデビューシングルではありませんでした。
この曲はオーディション番組の集大成であり、プロジェクトの象徴でもありました。世界的な知名度を持つYOSHIKIさんが自ら楽曲を提供することで、「世界に通用するグループを作る」というプロジェクトの理念を強く印象づける役割を果たしていたのです。
実際、番組を見ていた多くの視聴者にとっては、「YOSHIKIがプロデュースする新グループ」という看板こそが最大の注目ポイントでした。
だからこそ、デビュー曲には大きな意味がありましたが、その後も継続して全楽曲を制作することまでは当初から想定されていなかった可能性があります。
YOSHIKIの1曲のみは最初から組み込まれていた
YOSHIKIは“監修者”として関わる形だった?
デビュー後の活動を見ると、楽曲制作の中心は外部作家やメンバー自身へと移っていきます。
YOSHIKIさんは完全に離れたわけではありませんが、主に全体プロデュースや監修という立場で関わっているように見えます。
これはファンによっては物足りなく感じるかもしれません。しかし別の見方をすれば、グループが自立して活動していくことを前提とした体制とも考えられます。
実際、YOSHIKIさんはX JAPANの活動(休止中)に加え、ソロプロジェクトや海外での仕事、さらにはTHE LAST ROCKSTARS(休止中)など複数の活動を並行しています。
そうした状況を考えると、一つのグループに長期間密着して楽曲を提供し続けるよりも、スタートラインを作り、その後はグループ自身に成長してもらうという構想の方が現実的だったのではないでしょうか。
ファンから批判が出るのも理解できる理由
もちろん、こうした見方をしたとしてもファンの不満がなくなるわけではありません。
特に近年はメンバーの離脱や体制変更が続きました。手越祐也さん加入以降の変化も含めて、グループを取り巻く環境は決して安定していたとは言えません。
そのため、「YOSHIKIプロデュース」というブランドに期待していた人ほど、「もっと積極的に関わってほしかった」「問題が起きた時に支えてほしかった」と感じるのは自然なことです。
期待が大きかったからこそ、現状とのギャップに失望するファンが出てきたとも言えるでしょう。
「最初からこういう形だった」と考えると見え方が変わる
一方で、XYのスタート地点を振り返ると、「YOSHIKIが全力でデビューを演出し、その後はグループが独自に歩んでいく」という流れは、ある意味で最初から組み込まれていたようにも見えます。
テレビ企画としては、オーディションからデビューまでが最も重要なフェーズです。その後の活動は、グループ自身が人気や実力を積み重ねながら成長していくことが期待されます。
つまり、「なぜYOSHIKIは1曲しか書かなかったのか」という問いに対しては、「途中で投げ出したから」というより、「もともとデビュー曲が最大の役割だったから」という解釈も十分成り立つのです。
GLAYもデビュー曲1曲のみ
GLAYもメジャーデビュー曲「RAIN」(1994年5月)のみ、YOSHIKIさんが深くクレジットされています。
作詞:YOSHIKI
作曲:YOSHIKI・TAKURO(共作)
編曲・プロデュース:YOSHIKI
YOSHIKIさんはGLAYの初期アルバム(『灰とダイヤモンド』など)でエグゼクティブ・プロデューサーとして全体を監修していましたが、作曲・作詞クレジットは「RAIN」以外にありません。
XYの場合と似ていて、YOSHIKIさんは「デビュー曲で強力にブーストをかける」スタイルで関わるパターンが目立ちます。
松浦勝人さん(エイベックス会長)も「YOSHIKIは絶対1曲しか書かない」って言ってましたし、YOSHIKIさん本人が多忙で健康面も抱え、「一発でインパクトを与える」スタイルを好む性格も相まって、こうしたパターンが定着しているのでしょう。
GLAYはそれが功を奏して「BELOVED」「However」などで大ブレイクしましたが、XYは活動ペースやメンバー変動もあって批判が出ている状況です。
ただ一つ言えるのは、いつまでも「YOSHIKIプロデュースのグループ」という肩書きだけに頼る段階ではないということです。
むしろ今後は、メンバー自身がどのような音楽を作り、どのような個性を打ち出していくのかが問われる時期に入っているのかもしれません。
XYの歩みは決して順風満帆ではありませんでした。しかし、グループの成り立ちやテレビ企画としての背景を知ることで、「YOSHIKIの曲が1曲だけだった理由」もまた違った角度から見えてくるのではないでしょうか。

